平郡十五夜踊

市指定無形民俗文化財 平郡へぐり十五夜踊

指定年月日:平成7年6月30日

平群十五夜踊.jpg 本踊りは「平郡の小林踊」と伝えられていたが、長い年月にわたって旧8月15日に大将軍社に奉納し続けてきたので、「十五夜踊」と称するようになった。安政・文久の頃、下平郡村の代参者として、鳥海郡右衛門、杉田亀次郎、長友熊五郎、黒木徳太郎、原田光右衛門の5人が霧島神宮に参拝した。その折、長崎生まれの小林居住の長かった人が小林の人にお礼として伝えたというこの踊りを見物し、感銘して帰村後村の人たちに話した。小林から師匠を2人招へいし、その踊りを習い覚えて後世に伝えようということになり、当時の豪家原田光右衛門、川崎熊右衛門の両宅において4ヵ月間、当時の若衆に伝授され、以来若衆に引き継がれてきたものだという。
 踊りは、鐘方3人、拍子木方1人、三味線方1人、歌い手2人、踊り手が1組4人の6組24人を必要とするが、毎年40人ほどを確保してきた。衣装は、頭に鉢巻を締め背に青襷をかける。胸に締太鼓をつけ、両手にはばち、腕には表青裏赤の手甲をつけ、足には白足袋藁草履のいでたち。伝承当時は、頭に黒毛頭、背に定紋入りの長さ5尺幅1尺の白幟を背負う。定紋は自家の家紋を入れる。また、腰に印籠を帯し鎧通しの刀を入れていた。
 踊りの奉納は、三納川飛騨力士の大将軍社前庭で水の恵み及び五穀豊穣に感謝して行われる。地区最大の年中行事として絶やすことなく行われてきた踊りも、大正5年(1916年)の凶年以降中止され行われなかった。昭和30年(1955年)、宮ノ下農協に婦人部が結成され、十五夜踊りを再興し伝承して後世に残したいという協議がなされ、復興された。

引用・出典:『西都市史 通史遍 下巻』
第6章民俗 第4節祭礼と芸能 二 風流・踊り 5平郡の十五夜踊

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